教育費とは別に育てる、子どもが余白を持つためのお金
子どもには、教育費とは別に、自由に使えるお金を残しておきたい。
進学、塾、下宿、留学。教育費として使う分は、親としてできる範囲で支えるつもりでいる。それとは別に、住む場所を変えたり、仕事を辞めて学び直したり、思いつきで何かを始めたりするためのお金も、置いておきたい。「お金にはならない仕事だけど、好きだからやってみたい仕事がある」と言われたら、応援したいし、そのお金が子どもの生活のサポートになればいいと思う。
「教育費とは別」なのだから、当然、口座も分けている。子ども二人に、それぞれ年110万円ずつ、暦年贈与している。これがいつまで続くのか、続いた先にどれほどの金額になるのか、今はよくわからない。渡しすぎることが、逆に子どもの働く意欲や判断力を鈍らせるのかもしれないし、抑えれば健全に育つわけでもない気がして、迷いながら続けているのが正直なところだ。
先のことは見えていなくても、原資の出し方だけははっきりしていて、贈与の原資は債券を取り崩している。いずれ取り崩すことが決まっている金は、値動きの荒い株式より、値動きの穏やかな資産で持っておく方が理にかなっている。増やす金と渡す金は、同じリスクで持たない。そこは明確な方針として持っている。
こうして毎年渡してはいるものの、渡した先まで自分の思い通りにできるわけではない。渡した金をどう使うかは、本人に任せたいと思っている。もっとも、子どものお金なのだから、自分が何か言えるものではないことは理解している。ただ、実際には目の前で危うい使い方をされたら、間違いなく口を出してしまうだろう。任せたい気持ちと、口を出したくなる気持ちとの間で、この先もずっと揺れ動くのだろう。
子どもにいくら残すのか、そこに正解はない。残したお金が子どもの余白となり、子どもの人生を前に進めるための力となってくれれば、親としてこれ以上に意味のあるお金の使い方は無いし、本望だ。
